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塞翁が馬?

いつになったら俺の「番」が来るんや!

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アッと驚く

当校で開講している講座の中に「論語を英訳」から解釈するものがある。
昨夜であった。
「何故に英訳?」余程勉強した者以外の人は思う。
しかしながら、考えてみれば合理である。
大雑把に東洋と西洋。
お互い何世紀にも渡って育まれた「文化」が丸で違うのだから。
当然その解釈も違う筈である。
「筈である」を検証しつつ、その違いの意味を考え違う視点から「論語」を読む。

自身、本質的には左程違わないとは思っているが。

昨夜は論語を「音」から捉えたらどうなるか。
古代中国語の発音をギリシア語、はてはドイツ語の語尾の変化に注目し、その「意」を探る。

自身では考えてみた事もない解釈と相成った。

その「解釈」を元とし読み進めるなら如何なる「論語」になるか大層楽しみである。
講師の山口恵三先生の越し方にも驚かされたが
これが当校で開講された事は誠に喜ばしい。

万人とは言わない。
多少なりと「論語」について一家言お持ちの方には是非聴講をお勧めする。






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夕焼け

紅顔の美少年時代の話しを続けたいのでもう暫くお付き合いを。

当時通っていた小学校の校歌が傑作で
作ったのは都内の校歌では定番、例の「山田さん」である。
出だしは

「富士の様に高く明るく〜
筑波の様に肩をならべて〜」

と、都内の区立小学校にありがちあるが

二番の歌詞は変わっていて今でも「変」と思う。

「ポープラそよぐ門を入ればー」
から始まり
「団地の窓はー朝日に輝きー」

である。

団地。

住宅公団の団地である。

その団地の側面に軟球をぶつけて
バウンドして来たボールを捕球して遊んでいた。
まれに住人からベランダから怒鳴られる。

今の様に沢山の中から選べるスポーツは平民のガキにはなく、
もっぱら野球であった。
団地の公園で皆で道具を出し合い毎日の様に遊んでいた。

ごくごく稀に当時毎日のこずかい10円を出し合い、
区営の河川敷の球場を借りて試合の如きをやった。

自転車、チャリの前かごに道具を放り込み
まだ「寅さん」がいなかった柴又帝釈天の参道を抜け
帝釈天の手前で左に折れて河川敷。

近年の柴又は「下町風情」であるが
当時は本物の「下町」
と、言うか「田舎」であった。

帰り道また参道を怒涛のガキの群が駆け抜け
十三間道路、水戸街道を渡る、その群れの影は長かった。


オリンピックに思う。

なにやら東京都は、またオリンピックをやりたいと言う。
電車の中吊りでも選手達が「やめます!」と面白い事を言っている。
誘致できなきゃ本当にやめるのかしら?

オリンピックと言えば先のオリンピックを思い出さずにいられない。
まだ鼻垂らしていたガキの頃
当時はまだテッシュがない時代でチリ紙。
チリ紙でも柔らかで淡い色のついた薄手のものがあった。
それを縦に幾重にも折り真ん中を輪ゴムで留める。
今度はそれを横に広げると花の様な形になるが
それを両の手の中指にゴムで留めてクラスごとに練習したのが「東京音頭」
クラスごとに輪になって全校生徒運動場で何度も練習させられた。

「あの日ローマで眺めた月がぁ〜」

今思えば凄い。
三波春夫を学校でやるのだから。

テレビをつければ桂小金治が「今聖火はどこどこを走っています!」

であった。

当時の東京は凄かった。
何が凄いか。

そこらかしこ中工事だらけ。
首都高、モノレール、新幹線、至る所にチューリップのゴミ箱設置。

純だったのかも知れない。
日本中が。
今見ても公認ポスターは秀逸である。
一つの目標に向かって国中が狂気する。
敗戦後何もなかった国家的行事が、あのオリンピックであったのだろう。

先のロンドン、北京をテレビでしか見ていないが
なにか違っている気がするのは私だけだろうか。
比べれば驚異的に派手であるし金もかかっているだろう。
が、しかし「手作り感」はあるものの前回の東京も派手であった。
「国民総動員して千駄ヶ谷」とでも言おうか。

近年オリンピックはそのイベントだけが浮遊している気がする。







珍しく早く帰宅した日曜日

たまには「八重の桜」見ようかと、猛烈バタバタ用事を終わらせて帰宅した。
一通り済ませてアパートの廊下に出てタバコを吸う。
眺める夜景は変わるはずもなく、いつもの大小ビルの灯り。

まだ乾ききってない髪が風に巻かれて顔にかかる。

こちらには高2で編入したのだが、
一年だけ在籍した東京の高校に見た目とは裏腹に
強烈な詩を書く同級生の女の子がいた。
何故かその子の詩の一節を思い出した。

ゴツゴツの岩が広がる地平を背中に
見えぬ眼前には凍える飛沫を無慈悲に浴びせる吠える海。

「長い髪を風になぶられながら なにも見えない灰色の目には涙が...」

確かこんな詩があった。



「こんなはずでは」

と、もがいた数年。
なにも好転しない。

いつの間にか何も見えない「灰色」に変わり
それに気が付つかないまま涙だけは感じる。



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文学部出て銀行員。
速攻やめて暫くバイトのつもりが本業になり、結構な数字上げるもいつまでやっても社長になれる訳じゃなし。
「ほんじゃ」と借金背負って独立。
そりゃ働きましたとも。
おかげで車、旅行、時計、Amexはプラチナ。
調子こいていたら、そりゃ永い永い友人になんの違和感もなく超多額のお金を期間限定で融通。
そしたらその直後なんと弁護士からの手紙。
一瞬にして全財産失いました。
保証人じゃないのが幸い。
しかしエライ事には変わりなく、
その後「もがく」も未だ浮上せず。そんなオヤヂの世迷い言。
おつきあい頂けたら幸い。
専攻は印度哲学。

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